「Rots(オランダ語で「岩」)」のように自分の意思を持ち、「Water(オランダ語で「水」)」のように相手や状況に応じてしなやかに関わる。
オランダ発祥の教育プログラム「Rots & Water」は、身体活動を通して自己理解や他者との関係性を育むことを目的とした教育実践です。
2026年7月3日、本学日野キャンパスにおいて、「Rots & Water」研修会(主催:Rots & Water Instituut / Gadaku Institute、共催:在日オランダ王国大使館、明星大学)が開催されました。当日は、このプログラムの創始者であるフレールク・イクマ(Freerk Ykema)氏を講師に迎え、佐藤ゼミの学生や大学院生、現職の小・中学校教員など約20名が参加しました。
本研修会には、体育・スポーツ科学・身体教育学を専門とする教育学部の佐藤洋准教授が中心となって携わり、佐藤ゼミの学生も授業の一環として参加しました。参加者は、身体活動を通した社会情動的コンピテンシーの育成について、実践を交えながら理解を深めました。
世界各地で実践される「Rots & Water」と、日本での新たな取り組み
「Rots & Water」は、今回の講師でもある、オランダの教育者フレールク・イクマ氏によって開発された教育プログラムです。「岩」と「水」を象徴的に用いながら、自分の意思を持つ強さと、相手や状況に応じて関わるしなやかさの両方を育むことを目指しています。身体を動かすワークやペアでの活動、グループでの振り返りなどを通して、自己理解や他者理解、コミュニケーション能力、感情のコントロールなどを学んでいく点に特徴があります。
現在では世界各地で実践されており、学校教育をはじめ、青少年支援や福祉、メンタルヘルスなど幅広い分野で活用されています。一方、日本国内ではまだ広く知られているとはいえず、教育現場での実践例も限られています。そうした中で、本学日野キャンパスを会場に日本初開催となる「Rots & Water」研修会が実施されたことは、同プログラムを日本の教育活動の中で考える貴重な機会となりました。
なお、今回の研修会の実施には佐藤洋准教授と、Rots & Water Japan代表であり今回は、講師補助・通訳として参加した、安井隆氏との長年にわたるつながりも大きく関わっています。2人は大学時代から20年来の付き合いで、在学中には同じ総合格闘技ジムで切磋琢磨した仲です。
大学卒業後はそれぞれの道へ進み、安井氏は中学校教員を経てオランダへ移住し、現地で教員として活動。長い年月を経て、今度は「身体教育」や「教育」をめぐる取り組みを通して、本学の教室で再び一緒に活動することになりました。
こうした二人のつながりに加え、今回の研修会の背景には、佐藤准教授がこれまで取り組んできた身体活動を通した学びや人間形成への関心があります。佐藤准教授は、体育・スポーツ哲学・身体教育学を専門とし、体育やスポーツを単なる運動技能の習得にとどめず、人との関わり方や自分自身への気づきを育む教育活動として捉えてきました。
そうした問題意識の中で、身体を動かしながら自己理解や他者理解を深めていく「Rots & Water」の考え方に着目。今回の研修会では、佐藤ゼミの学生や大学院生にとっても、将来教育現場に立つうえで必要となる子どもとの関わり方や、身体活動を通した教育の可能性について考える機会となりました。
身体の接触や距離感を通して、自分と相手との関わりを見つめ直す
イクマ氏は、一つひとつの動きの意味を丁寧に説明しながら、「どのように動くか」だけではなく、「相手との距離が変わることで何を感じたか」「身体が触れることで、自分や相手にどのような変化が生まれたか」といった内面にも目を向けるよう参加者へ促しました。そこには、自分自身の「境界線(バウンダリー)」を身体を通して感じ、理解していくという考え方があります。単に身体をよりよく動かすこと自体が目的なのではなく、その体験を通して自分自身や他者との関わり方に気づいていくことが、このプログラムの特徴です。イクマ氏の言葉を借りれば「私が私でありながら他者と繋がる」ために。
会場では、佐藤ゼミの学生や大学院生と、現職の小・中学校教員がともにワークに取り組みました。参加者は、それぞれがもつ異なる身体を寄せ合い、相手と向き合う、距離を取る、触れる、力を受け止めるといった一つひとつのやり取りを繰り返しながら、身体の動きと心の状態、人との関係性が密接につながっていることを実感している様子でした。単なる体験にとどまらず、自分と相手との関わり方を、頭で理解するのではなく身体を通して感じ、少しずつ自分の中に落とし込んでいくような時間となりました。
近年、生きにくさを感じる人の増加が社会的な課題として指摘される中、佐藤准教授は、学校教育における体育がこうした課題に貢献できる可能性にも着目しています。また、安井氏によると、「Rots & Water」に関する大規模な科学的調査では、生徒の自信や自己コントロール、感情調整(レジリエンス)、心理的ウェルビーイング、性的自律の向上のほか、うつやいじめ、性的侵害行為の減少・予防などの効果が認められているといいます。
身体を通して感じる学びを、教育現場へ
今回の研修会を受けて、参加者からは「体育・スポーツと聞くと運動がうまくできることに目が行きがちだけど、教育としての体育という考え方があると学んだ」「身体を動かすこと自体が目的ではなく、その体験を通して自分や相手との関わり方を見つめ直すという考え方が印象的だった」「研修会には現役の体育の先生もいて、実際の現場でどのように活用できるのか一緒に考えることができた」「普段の授業や子どもとの関わり方にも生かせる内容だと感じた」などの声が聞かれました。佐藤ゼミの学生や大学院生にとっても、教員を目指す立場から、身体活動を通して子どもの心や人間関係を支える教育の可能性について考える貴重な機会となりました。
佐藤准教授は、身体教育について、単に運動能力を高めるだけではなく、生涯にわたって付き合っていく自らの身体をうまく扱い、身体を通して自分の内と外の境界線に気づくことも大切だと考えています。
今回の研修会については、「『Rots & Water』の研修は、子どもたちが自分自身を理解し、他者との関わり方を学ぶための大切な教育の機会でもあります。今回の研修会を通して、参加者それぞれが『身体を通して学ぶことの意味』を感じ取り、今後の教育実践につなげてもらえたら嬉しく思います」と話しました。
また、安井氏は、日本の子どもたちを取り巻く現状について、小・中学校の不登校児童生徒数が約35万人にのぼるほか、いじめの認知件数や重大事態、暴力行為、子どもの自殺者数がいずれも過去最多となっていることを挙げ、学校教育がさまざまな課題に直面していると指摘します。
こうした教育現場の課題に向き合い続けている安井氏は、「『Rots & Water』は日本の教育問題を解決するための有効なメソッドになると確信している。現に、今回の研修でも私は学べたことがたくさんあった。それは毎回、異なる参加者と異なるコミュニケーションをとることができるからだと思う。こうした体験の底にある学びを、子どもたちに還元していきたい。そのために、まずは『Rots & Water』を教育に携わる皆さんに、ぜひ体験していただきたい」と話しました。
今後も、明星大学を舞台とした「Rots & Water」研修会を継続的に実施予定—次回は11月予定
今後も、本学を会場とした「Rots & Water」研修会を継続的に実施する予定です。次回は、2026年11月21日(土)から23日(月・祝)までの3日間を予定しています。
佐藤准教授は、教職を目指す学生・大学院生や現職の教員をはじめ、教職に限らず、さまざまな立場で教育に携わる人たちがともに参加し、「Rots & Water」を通して学び合う機会にしていきたいとしています。