人文学部人間社会学科・荒井悠介准教授のゼミに所属する3年生の学生12名と、スチューデントアシスタントを務めていた4年生の学生1名が、2025年11月8日、台湾・高雄大学で開催されたカルチュラル・スタディーズ学会(Association for Cultural Typhoon)で研究発表を行いました。
発表題目は『つながりっぱなしの日常』を生きる若者のジレンマ—日本人BeRealユーザーのエスノグラフィー(The Dilemma of Youth Living in “Always-On” Intimate Communities: An Ethnography of Japanese BeReal Users)。若者の間で利用が広がるSNS「BeReal」をめぐる共同研究の成果を、世界各国の研究者が集まる場で発信し、議論を交わしました。
今回、荒井准教授から当日の様子や学生たちの学びについてレポートが寄せられました。本記事ではその内容をもとに、国際学会への挑戦の背景や研究の内容、現地での議論を通して見えてきたこと、そして学生たちがこの経験から得た学びや成長について紹介します。
若者文化を社会学の視点から研究
荒井ゼミでは、若者文化やメディア、SNSなど、身近なテーマを手がかりに現代社会を読み解く研究に取り組んでいます。荒井悠介准教授自身も若者とSNSに関する研究を続けており、学生たちもその関心を共有しながら研究活動を進めています。
今回の研究は、2年生のゼミ活動の中で始まった共同研究です。若者の間で利用が広がるSNS「BeReal」に着目し、このアプリが日常の中でどのように使われ、どのような意味を持っているのかについて調査を進めてきました。
研究を進める中で、2年生の後半には明星高等学校の教員や高校生がゼミを訪れる機会がありました。その際、研究に対する感想や励ましの言葉を受けたことが、学生たちにとって研究をさらに発展させる大きなきっかけとなりました。
その後、調査や分析を重ねる中で興味深い結果が得られたことから、研究テーマに関連する研究者が多く参加する国際学会に応募。審査を経て採択され、今回の発表につながりました。
SNS「BeReal」から見える若者のジレンマ
今回の研究で注目したSNS「BeReal」は、1日1回ランダムに通知が届き、2分以内にその瞬間の写真を投稿することを求められるアプリで、日常の「リアル」を共有することを特徴としています。
荒井ゼミの学生たちは、このアプリが若者の日常の中でどのように使われ、どのような意味を持っているのかを明らかにするため、インタビュー調査に加え、利用状況や投稿時の感情を記録する日記調査などを行いました。日常の記録を写真とともに蓄積しながら、SNSの利用が人間関係や日常の感覚にどのような影響を与えているのかを分析しました。
その結果、SNSには人とつながる安心感がある一方で、常につながり続けることによる疲れやプレッシャーも存在するという「ジレンマ」が見えてきました。また、自然体を共有することを目的としたアプリであるBeRealであっても、日本では「映え」を意識する傾向が見られることも明らかになりました。
この特徴は、国際学会での議論を通してさらに浮き彫りになりました。海外では、BeRealの利用によって「盛ること」や「映え」を意識するプレッシャーから解放されるという指摘もある一方、日本では依然として他者の視線を意識した投稿が行われる傾向があることが示唆されました。
国際学会に向けた準備
国際学会での発表に向けて、学生たちはそれぞれの得意分野を生かしながら準備を進めました。
研究の分析をまとめるグループ、日記調査の内容を映像と字幕にまとめるグループ、アプリで使用される絵文字などを実物のパネルとして制作するグループなどに分かれ、役割分担をしながら研究成果を形にしていきました。ビジュアル制作が得意な学生が全体のデザインを統括し、語学が得意な学生や留学経験のある学生が中心となって英語や中国語への翻訳を行うなど、それぞれの強みを生かして準備を進めました。
また、より効果的な発表を行うため、学外からプレゼンテーションの講師を招き、ポスター発表の方法や実物資料・映像を用いたコミュニケーションの工夫についても学びました。
国際学会の舞台で議論
こうして準備を重ねて臨んだ学会当日、学生たちは英語・中国語・日本語を用いたポスター発表を行いました。会場には、日本、台湾、中国、韓国、アメリカ、ニュージーランド、フランスなどさまざまな国の研究者や大学教員が訪れ、30名以上が発表に足を止めて議論を交わしました。学生たちは役割分担をしながら研究内容を説明し、英語や中国語に加え、個人で学んできた韓国語なども交えながらコミュニケーションを図りました。
議論の中では、日本と海外のSNS利用の違いについても意見交換が行われました。海外では、BeRealの利用によって「盛ること」や「映え」を意識するプレッシャーから解放されるという指摘もある一方、日本では依然として他者の視線を意識した投稿が行われる傾向があるのではないかという視点が共有され、研究の理解をさらに深める機会となりました。
発表を聞いた研究者からは「論文としてまとめてはどうか」といった助言も寄せられました。学生たちは大きな緊張の中で発表に臨みましたが、学部生であっても研究として真剣に向き合えば、国際的な研究の場で議論ができることを実感し、大きな自信につながったといいます。
高雄の街を歩くフィールドワーク
学会発表だけでなく、学生たちは現地でのフィールドワークも行いました。高雄の街並みを歩きながら文化や社会の違いを観察したほか、夜市を訪れたり食事をしたりする中で、現地の生活文化にも触れました。
こうした体験を通して、学生たちは日本との文化的な違いを実感したといいます。ある学生は「街を歩いているだけでも、日本とは違う価値観や生活の雰囲気を感じることができた」と話します。また別の学生は、「研究の発表だけでなく、実際にその社会の中に身を置いてみることで、文化や社会の見方が広がった」と振り返ります。
台北を訪れた学生の中には、ジェンダーへの配慮が進む街の様子に関心を持ち、街の設備や表示を観察するなど、自分の関心に基づいたフィールドワークを行った学生もいました。さらに、学会が主催するカンファレンスツアーに参加した学生もおり、高雄の歴史や文化に関わる場所を訪れながら、海外の研究者との交流を深めました。
学生たちが実感した研究の広がり —身近な日常から生まれた研究
今回の研究は、学生たちにとって社会学の学びの広がりを実感する機会にもなりました。SNSという身近なテーマから出発した研究でしたが、調査や分析を重ねる中で、日常の出来事や文化が研究対象になり得ることを体感したといいます。
ある学生は、「自分たちが普段何気なく使っているアプリで、ここまで研究になるとは思っていませんでした」と話します。「2年間記録してきた日記調査を研究としてまとめることができたことは、大きな経験になりました」と振り返りました。
研究の準備や発表の過程では、それぞれの得意分野を生かした役割分担も行われました。絵や工作が得意な学生がパネル制作を担当したり、映像編集ができる学生が調査記録を映像としてまとめたりするなど、それぞれの個性を生かしながら研究を形にしていきました。
また、これまでの大学生活の中で積み重ねてきた経験が、今回の活動の中で生きたという声もありました。イギリスやフィリピンへの留学経験がある学生は、「海外で生活した経験があったことで、国際学会での議論や現地でのフィールドワークにも自然に入っていくことができました」と話します。
学生たちは、研究テーマであるSNSの利用だけでなく、これまでの経験やそれぞれの得意分野がつながることで研究が形になっていく過程を実感したといいます。
荒井悠介准教授コメント
荒井悠介准教授は、今回の取り組みを通して学生に身につけてほしい力について次のように話します。
「やればできる」を実感として身につけてほしい
今回の経験を通して、学生たちには「やればできる」ということを、精神論ではなく実感として身につけてほしいと思っています。人はどうしても、自分が想像できる範囲の中で目標を設定しがちですが、その範囲がそのまま限界になってしまうこともあります。自分にはできないと思っていることの先にある目標を具体的に思い描き、そこに向かって一つ一つ積み重ねていけば、実現できることも多いはずです。
また、今回の活動でもそうでしたが、仲間と協力することで、一人ではたどり着けないところまで到達することができます。学生たちには、こうした経験を通して自分自身の可能性を実感として捉えてほしいと思っています。
さらに、学生には自分自身の力だけでなく、自分が置かれている環境の強みも理解してほしいと考えています。大学には留学や研究活動を支える制度や機会があります。そうした環境を生かしながら、自分たちだからこそできる挑戦を形にしていってほしいと思っています。
ゼミとしても、学生一人ひとりが自分の可能性や強みに気づき、それを生かしながら自分自身の人生を描いていける力を育てていきたいと考えています。
今回の取り組みを知ったとき、まず印象に残ったのは、学生たちが海外の国際学会で研究発表を行ったという点でした。しかし、レポートを読み進める中で、それ以上に印象的だったことが二つありました。
一つは、社会学という学問の幅広さと面白さです。学生たちが日常的に使っているSNSという身近なテーマから研究が始まり、調査や議論を重ねることで国際学会での発表へとつながっていく。その過程を通して、日常の出来事や文化そのものが研究の対象になり得ることを、学生自身が実感していたことが伝わってきました。
もう一つは、学生たちがこれまでに積み重ねてきた経験が、この取り組みの中で生かされていたことです。語学や留学、研究活動、そしてそれぞれの得意分野など、一つ一つの経験が重なり合い、今回の研究や発表につながっていました。
過去に経験したことを生かしながら、新しい出来事に挑戦していく。その積み重ねこそが、大学での成長の一つの形なのかもしれません。